ロビー展 当館所蔵資料にみる近代鉄道の発展

武州川口鉄橋図井上探景画 武州川口鉄橋図 明治18年

今回のロビー展では、東京都公文書館の事業と役割をご紹介するコーナーと、企画展示コーナーを設けました。

企画展示コーナーでは、第3ケースから第5ケースまでの3つの展示ケースと、壁面を使い、当館所蔵資料のうち主に明治期から昭和初期にかけての鉄道関係資料を展示いたしました。この期の鉄道発展の姿をご覧ください。

第3ケース:明治5年鉄道開業時の資料を展示しました。晴れやかな開業式ばかりではなく、新しい乗り物に困惑する庶民の姿もお見せします。

第4ケース:その後の市内及び近郊鉄道発展の姿を展示しました。「電車」が普及します。乗客の増加に伴って、輸送力が増強されていきました。

第5ケース:他府県の鉄道に関する資料を展示しました。会社の設立申請は、本社がある府県を経由して政府に申請されましたので、当館に現存する鉄道関係文書は、東京府内に敷設されたものに限りません。

壁面:鉄道を描いた錦絵、電車絵や設計図面等を展示しました。

展示資料リスト( )内は請求番号

第3ケース(鉄道の開業)

新橋停車場之図 風俗画報第241号新橋停車場之図 風俗画報第241号
資料1 仮開業通知書 明治5年5月 品川-横浜間の仮開業通知(634.A5.14)
資料2 時刻表 品川-横浜間の仮開業時代の時刻表(634.A5.13)
資料3 時刻表 新橋-横浜間開業後 明治6年2月の時刻表(632.B3.21)
資料4 新橋駅構内で西洋料理店の営業が許可されました。(605.D3.04)
資料5 鉄道注意の御触れ 線路上の歩行禁止や踏切での注意事項(634.A5.14)

第4ケース(蒸気から電気へ、そして輸送力の増強へ)

東京市電 ボギー車 大正14年東京市電 ボギー車 大正14年
資料6 <大型車両の導入> 大正3年の東京市電の申請書。混雑緩和のため、青山-三宅坂間に大型車両(ボギー車)を運行することが認可されました。(302.C5.02)(右図は大正14年の申請図)
資料7 <連結運転> 大正7年の京成電気軌道会社の申請書。混雑緩和のため、柴又帝釈天の祭日には、電車を二両編成で運行することが認可されました。(302.B8.19)
資料8 <複線化> 明治40年の総武鉄道の申請書。輸送力増強のため、亀戸駅-千葉駅間を複線化することが認可されました。(627.D4.06)
資料9 <新駅の設置> 明治39年の甲武鉄道の申請書。付近住民が増えたことを理由に代々木駅の新設が「電車専用停車場」として認可されました。(627.B3.10)
資料10 <地下鉄道> 絵はがき 昭和2年に浅草-上野間が開業しました。

第5ケース(他府県の鉄道)

馬関海峡鉄道 路線図 関門海峡付近馬関海峡鉄道 路線図 関門海峡付近
資料11 北海道の函樽鉄道会社 明治31年の開業延期願。この区間は、北海道鉄道会社が開通させました。現在のJR函館本線の一部です。(623.A2.14)
資料12 箱根電気鉄道会社 明治29年の申請書。この計画線の一部を、現在の箱根登山鉄道が走っています。(622.C3.12)
資料13 馬関海峡鉄道会社 明治30年の申請書。下関-門司間の列車を運ぶフェリーとして計画。この区間はその後連絡船が、続いて貨車を運ぶ船舶が就航し、昭和17年には関門トンネルが開通しました。(622.B3.08)(右図参照)
[公文書利用のヒント/公文書の編纂制度]

公文書は、それぞれの時代の文書管理制度に基づいて編纂保存されています。作成された1件の公文書は、まず組織単位に区分され、次いで事業単位にまとめられて簿冊に綴じ込まれます。

鉄道会社の設置申請が増え始める明治中期の東京府の組織と事業単位の事例で示すと、おおよそ次のようになります。

鉄道会社の設立願ならば勧業課(のち農商課)の会社の部、路線用地に関しては地理課の鉄道敷地の部、路線用地が官有地に関係すれば地理課の官有地の部、同様に神社仏閣の土地に関係すれば地理課の社寺地の部、線路の敷設に関しては土木課の軌道鉄道の部、線路の敷地が河川に関係すれば土木課の河港の部、同様に道路に関係すれば土木課の道路の部、議会で討議されていれば議事課の府会の部、職員が視察をしていれば知事官房の復命書の部といったように、いろいろな組織の、いろいろな事業単位の簿冊中に綴じ込まれているのです。

鉄道関係で現存する文書の多くは、勧業課(のち農商課)の会社の部や、土木課の軌道鉄道の部に含まれますが、他の分類の文書中にも含まれている可能性があることも知っておかれると、対象となる鉄道会社を探す際に参考になると思います。どうぞ、これらの文書をご利用いただきたいと存じます。