都史紀要3 銀座煉瓦街の建設

はしがき

本書は首都東京の市区改正の第一歩ともいうべき銀座煉瓦街の建設経過を、当時の施政者側の内情と市民側の経済生活状況の両面から考察したものである。

首都東京の都市計画というものが、交通厚生保安経済等すべての関係を考慮の上、将来の発展に備えての諸施設を包含して、首都永遠の基礎を築くべく立案されるものであることは言うまでもないことであるが、今これを歴史的にあとづけてみると、明治維新の変革後、江戸は東京と改められ首都となったが、明治五年二月の大火をきっかけに、維新政府首脳者達は東京を従来の「江戸の華」とまでいわれる程頻発した火災から守るためにも、かつは江戸的色彩を払拭して、新しい首都に変化させる為にも、東京府下一円を洋風の市街に改造し、以てロンドン・パリーに比肩しようと企図した。これが市区改正の嚆矢ともいうべき銀座煉瓦街の建設となつたのである。

この計画は不幸にして一部市街の改造、一地域の洋風化にとどまったが、これを端緒として、明治十五年時の府知事芳川顕正は市区改正事業の調査に着手、明治十七年二月政府にその成案を建言したが実施をみることなく止み、二十一年八月になって始めて東京市区改正条例の公布をみるに至った。しかしこの市区改正事業は都市計画の一端である港湾整備や道路改修事業、或は上下水道改良事業などに力点がおかれ、しかも実施計画は旧市内に限られ、接続町村が次第に発展して、都市形態上、市部と撰ぶ所がなくなりつつあるにも拘らず、市の行政区域外に及ぶことがほとんどなく、東京の都市的機能ならびに市民生活の上にも矛盾を生じた為、大正八年都市計画法の制定となり、市民の福祉のためのあらゆる施策を行い、市民生活の健全を計り、都市としての将来の発展に備えようとした。この時東京市側に時の市長後藤新平によって大都市計画案がたてられたのであるが、おしくも実現をみず、大正十二年には大震災に遭遇、その後復興した東京は今次の大戦で再び焦土と化し、その復興は難事業ではあるが着々首都再撃の大きな計画のもとに実行に移されつつある。

本書はもとより明治五年二月の大火を契機として東京府下一円に市街改造を断行しようとした政府ならびに東京府当局の最初の意気ごみに反して、何故に「銀座煉瓦街」という一地域の改造、一部地区の洋風化にとどまらざるを得なかったかという顛末を考究したにすぎぬが、その間の種々のいきさつが今後の都市計画事業遂行の上に何等かの参考になれば幸いである。

昭和三十年三月
都政史料館にて 川崎房五郎

凡例

一、本書はさきに昭和二十七年五月謄写印刷に付して刊行したものに更に史料を加えて補訂したものである。
一、本書中に引用した史料のうち書名のあげてないものは悉く東京府の公文書よりの引用である。明治五年より十年にわたり「建築事務御用留」と表書きのある公文書綴りが数冊あり、大部分の史料はこれを直接引用するか、一部その意をとってかきくだき記載した。これ等の公文書はすべて都政史料館に保存されている。
一、この外「煉瓦建築払下書類」という公文書が大量十八冊に及ぶ程保存されているが、直接史料として役立つのは二、三冊にすぎない。
一、明治五年には我国ではまだ太陰暦を使用して居り、太陽暦を使用したのは明治六年からであるから、外人達の書類の日附が一八七二年四月何日とあっても我が明治五年三月何日かに当るわけで、この点の差異は特に注意を払った。
一、明治初年の用語は、特に外国謡の翻訳に於て頗る奇なるものがあり、それも当時の一つの資料となるものと思い引用文の場合そのまゝ使用しておいた。煉瓦石、何字、三和土の如きすべてそれである。
一、本書に於て井上大蔵大輔と由利東京府知事の対立をとりあげ、各章に於てこの問題を詳述したが、かゝる見解は勿論筆者個人の考えであって文責は筆者にある。
一、二十七年刊行の前著ではトーマス・ウォートルス T.Watersの名について、その綴りに誤りがあり、本書において訂正をしておいた。この点は諒とせられたい。

銀座煉瓦街の建設 目次

はしがき
序説 江戸と火災(1)
一、江戸の大火(1)
二、防火対策(4)
第一章 市街改正の機運(7)
一、築地居留地(7)
二、鉄道開設と新橋駅(8)
三、条約改正の機運(9)
四、対外的考慮よりの市区改正(11)
第二章 明治五年二月の大火(14)
第三章 煉瓦街建設の動機(21)
第四章 災害救助募金の処理問題(31)
第五章 市区改正に対する外人の意見(48)
第六章 建設の布告(61)
第七章 東京府・大蔵省間の意見対立(75)
第八章 井上馨と由利公正(106)
第九章 銀座の煉瓦とセメント(119)
第十章 工事の施工と煉瓦街の竣工(131)
第十一章 建設計画の変更縮小(158)
第十二章 煉瓦家屋払下げと空屋対策(170)

むすび(192)

図版目次
銀座煉瓦鉄道馬車通行の図(三色版)(巻頭)
銀座煉瓦街の図(巻頭)
ウォートルス署名と由利東京府知事宛の手紙(巻頭)
煉瓦街建設書類(巻頭)
銀座煉瓦街写真(巻頭)
銀座煉瓦街の図(巻頭)
渋沢栄一の建白書(36-37)
煉瓦建築設計原図(ウォートルス自筆)(70-71)
煉瓦建築費見積書(ウォートルス自筆)(76-77)
井上馨と府知事由利公正(110-111)
銀座煉瓦街の図(150-151)