都史紀要4 築地居留地

はしがき

終戦後の東京市員は一挙に進駐して来た連合軍の人々と接して戦前の外人に対する感情とは非常に違ったものをもつようになったと思う。又その後のいろいろな土地や住宅の問題などから、基地とか特別な地域とかといった感じも充分に味わった人もあった。

ここにとりあげた築地居留地は東京の一角、現中央区の明石町に開かれた外人の居留地のことであるが、この僅かな天地を通して幕末から明治にかけて、市民がいろいろのことを感じ、味わった点では恐らくその性質は異なるにしても今と同じようであったろう。

江戸は幕府政治外交の中心であり、維新後の首都東京が又各国との外交の中心であることはいうまでもないことである。江戸にはごく初期の頃、貿易やキリスト教布教のために、スペイン人・ポルトガル人なども来て、教会を建て貧困者の救済に当ったことがあり、その後オランダ人、イギリス人なども来て、ヤンヨーステン(八重(代)洲河岸にその名をとどめている。)ウィリアム・アダムス(三浦安針として邸宅の地に安針町の町名が残っていた。)など直接幕府に貢献した人々などがあったが、キリスト教禁制、寛永の鎖国会以後は外人は国内にとどまることを禁ぜられて、僅かにオランダ人のみが長崎出島に居住を許され、カピタンの交代する毎に江戸に出て将軍に謁見することになっていた。ペリーの来航まで、江戸の市民は外人と言えば商人かオランダ関係の人々(シーボルトなど)をみるにすぎなかった。

それがペリーの来航によって泰平の夢をさまされた。編者はこの書においてハリスと幕府との間に締結した安政五年の修好通商条約がいろいろの波紋をよび、予定された江戸の居留地も幕府の手では開けずに維新をむかえ、明治政府によって東京開市―貿易互市場としての築地居留地が設置をみたいきさつをのべ、安政条約以来次第に不平等条約におしやられて、維新政府が居留地の治外法権にいかに悩まされたか、またこの問題を解決するには条約改正を断行する以外に方法がなく、そこに国をあげての条約改正論争が行われたことなどを、築地居留地という東京の一角よりながめて、居留地が経済的に文化的に功罪相なかばしていた事情を究明したつもりである。

第二次大戦後、敗戦によって結んだ条約や基地の問題とは別な意味で、当時の国民―東京市民は、外人に対するいろいろな複雑な感情を居留地を中心にして味わったが、それは今日においてもなお比較研究すべき何かをもっていることと思う。

本書の編さんは川崎房五郎が担当した。

昭和三十二年三月
都政史料館

凡例

一、この書は昭和二十五年十一月に「東京開市と築地居留地」と題して謄写印刷に付して刊行したものを訂正増補したものであるが、頁数の都合上一部縮小した所もある。
一、第一篇においては先学諸氏の研究をなるべくとり入れて記載し、史料も出来るだけその出典を明らかにした。第二篇以降の引用文で、特に出典を明記していないものは悉く東京府・東京市の公文書によったものである。これらの公文書はすべて都政史料館に保存されている。
一、居留地に関する明治初年の記録は都政史料館にかなり保存されているが、かえって居留地廃止当時の記録が少く、僅か二、三冊を数えるにすぎない。又ある部分については相当量の記録がありながら、編者が疑問とし取調べを必要とする事項については案外に文書記録が少いといった欠点があるが、これは府所管事項に関する記録のみが保存されたのであるから止むを得ないことである。これらの欠を補うために出来るだけ外務省その他の史料を参考にした。
一、居留地はせり貸しでおとされた土地であって治外法権の地であるから、地租は徴収しなかったが、地代をしばしば地租と記し、「地租滞納一件」とか「地租納入期改正」とか記した文書があるが、これは地代の意で、地租ではない。しかしこの地代から居留地の諸施設維持費を出したため、この地代を地租とよぶこともあったのであろう。この書の中にも引用文中に地代を地租と書いた所もあるが、そのまま使用しておいた。

築地居留地 目次

序説
欧米列強の東洋進出(1)、ペリー来航(2)、開国への歩み(3)
品川台場(12)日米和親条約とハリスの来着(12)

第1篇  江戸開市不能事情
第1章 開港開市談判(13)
ハリス出府と江戸の対策(13)、使節への特別料理(14)
外交当事者の江戸開市意見(15)
港変更に対する幕府側および諸大名の意見(18)
開港開市談判(19)
第2章 安政条約と江戸開市の決定(26)
安政日米修好条約(26)、江戸開市の約定(28)
第3章 安政条約による朝幕間の紛糾(30)
京都側の条約締結是非論(30)、安政大獄と桜田門事件(31)
江戸開市五カ年延期(34)、生麦事件と江戸市民疎開会(39)
幕府対薩長の反目(39)
第4章 各国間の対立と朝幕関係(41)
英仏公使江戸退去事件(41)、英仏間の対立(45)
第5章 幕末封建制支配の動揺(45)
幕府勢力挽回の意見(49)、参勤交代の緩和(49)
貿易の盛大(51)、物価騰貴と五品江戸廻し(54)
物価騰貴による貿易商人への反感(56)
品川御殿山の公使館焼打(57)、物価高と打毀し(59)
第6章 築地居留地の決定(62)
江戸の特殊性(62)、築地居留地の設定(64)
居留地に関する取極め(68)、外人の遊歩規定(73)
横浜江戸間の海上交通(74)、鉄道敷設計画(76)
開市の延期(76)
第7章 明治維新と諸外国(80)
兵庫談判と関税自主権の喪失(80)、大政奉還(81)
英仏の維新に於ける態度(83)

第2篇 東京開市
第1章 東京開市準備(87)
維新政府と東京開市問題(87)、居留地設定(90)
居留地設定工事(93)、八月十五日開市の布告(94)
第2章 東京開市(100)
再度の開市延期(100)、築地開市場の開設(100)
元年十一月十九日東京開市(104)、町地の竣工とせり貸し(104)
第3章 相対借り地域(雑居地域)(109)
相対借り地域拡大計画(109)、地域拡張の不満(114)
地域拡大中止(115)、相対借り契約(116)
相対借り手数料問題(117)、相対借り期間(118)
相対借りの料金(118)、東京市民の期待(119)
相対借り地域に於ける交易(121)
第4章 繁栄策としての新島原遊廓(122)
遊廓設置(122)、居留地の不振と遊廓の不況(123)
遊廓廃止(124)、新島原の内容(126)
遊廓廃止による町屋の開設(127)
第5章 築地外人居留地(129)
開市場と居留地(129)、居留地設定元代金(130)
居留地規則取極め(133)、三年五月第一回競貸(134)
明治五年二月の大火と地域拡張(135)
第6章 居留地外居住問題(138)
居留地外居住の禁止(138)、首府東京と公使館(138)
公使館員の居留地外居住(140)、政府雇傭外人の居留地外居住(141)
居留地外居住の許可(142)、居留地外貨渡約定草案(143)
公使館員の不満(144)、外人親戚及び外人婢僕同居禁止(145)
外人の不正居住(145)、居留地外居住外人の増加(147)
第7章 居留地不振とその性格の変化(149)
状勢一変と期待はずれ(149)、地代の高価(150)、鉄道開通(151)
居留地居住者の変化(153)

第3篇 貿易上からみた居留地
第1章 運上所と税関(157)
外国事務局(157)、運上所の所轄(157)、運上所事務所(159)
運上所の担当事務(160)、積荷規則(162)、密貿易取締(164)
鉄道開通と税関(164)、運上所所轄の分化(165)
運上所の職制(166)、外人との訴訟事務(167)、東京税関(169)
税関事務の分離と東京府支庁(170)、築地税関沿革(172)
品川尋問所(174)
第2章 通商司と商社設立(176)
築地居留地と貿易(176)、貿易商社設立(178)
貿易の推進と通商司(178)、通商司廃止と東京商社・回漕会社(180)
第3章 居留地と物資輸送(182)
江戸湊の延長としての品川沖(182)、横浜の貿易品と東京取引(184)
東京横浜間海上交通(186)、回漕会社と東京大阪間の輸送交通(189)
鉄道開通と乗合船の衰微(190)

第4篇 居留地を舞台とした外人の不正
第1章 空米相場問題(193)
空米相場(193)、外人の空米相場会所設立(194)
三政府及び東京府の対策協議(196)、東京商、社の米油取引開始(199)
へーレンの訴訟(201)米油取引商社限り許可(204)
限月売買廃止と取引条例(205)、フランス人の米穀空相場(206)
中国人の米穀空相場(207)
第2章 その他の空相場一件(210)
金巾空相場(210)、フランス人の金巾取引会所(210)
英国人の金巾空相場(212)、限月売買実行者の処置(213)
石油空相場(215)、カンペル事件顛末(217)
第3章 密売密造事件(220)
阿片密売事件(220)、阿片輸入の禁止(220)
阿片喫煙所取締り(221)、酒類醸造販売問題(223)
英人の酒造(223)、ドイツ人の酒造販売(225)
中国人の酒造販売(225)
第4章 居留地外商取引の禁止(228)
居留地外居住(228)、代理店問題(229)

第5篇 居留地の諸問題
第1章 居留地競貸問題(233)
競貸箇条の取極め(233)、競貸施行(235)、居留地の拡張(239)
第2章 居留地地代値下げ問題(242)
地代滞納(242)、居留地地代値下げ交渉(243)
地代の値下げ決定(244)
第3章 地券書替問題(251)
地券裏書(251)、地券書林え不許可(252)
第4章 居留地の管理(255)
運上所管理地域(255)、居留地収入(255)、居留地管理の費用(257)
居留地管理事務(260)
第5章 外人遊歩規程と宿泊問題(263)
遊歩規程(263)、外人宿泊問題(267)
第6章 居留地警備と別手組(270)
別手組と外人警備(270)、幕府別手組の解散(271)
別手組再設(272)、所轄二分(274)、居留地関門内警備(275)
関門警備柔連隊(278)、居留地関門警備廃止論(279)
別手組東京府所轄(281)、東京市中警備状態(283)
別手組詰所交代勤務制(284)、居留地関門及び別手組の廃止(285)
第7章 外国人埋葬墓地問題(289)
仮埋墓地(289)、外人墓地要求と青山墓地(290)
第8章 居留地の人口(293)
居留地内の人口(293)、居留地外居住人口(298)

第6篇 条約改正と内地雑居
第1章 条約改正問題(305)
条約改正と欧化政策(305)、大隈外相の改正交渉(308)
内地雑居論(312)
第2章 改正実現と居留地廃止(318)
条約改正交渉の成功(318)、内地雑居実施(320)
第3章 家屋税賦課問題(328)  
永代借地権(238)、家屋税賦課の可否(329)
家屋税徴収不可決定(330)
第4章 その後の居留地(334)
清国人雑居制限(334)、日本人の居留地進出(335)

むすび 居留地と文明開化
文明開化と築地(339)、キリスト教の布教と居留地(341)
文教地区としての居留地(342)、居留地風景(346)
築地ホテル館(347)、文明開化への影響(350)、居留地の面影(351)

附表  A 自明治四年至明治九年末 居留地外居住外人表(353~384)
B 築地外人居留地明細(別表)

図版目次
築地居留地(国輝画)(巻頭)
居留地関係書類(巻頭)
京流池略図(70-71)
新島原遊廓(126-127)
居留地台帳(134-135)
明治初年東京在住外国人明細簿(142-143)
居留地とホテル館・築地貿易商社(178-179)
築地波止場とホテル館(186-187)
居留地地券(234-235)
居留地明細図(250-251)
外人遊歩規程範囲図(264-265)
鹿鳴館時代の仮装舞踏会(306-307)