都史紀要11 東京の理科系大学

はしがき

本稿は、既刊の「東京の大学」の続編をなすものである。明治初年から二十年代にかけて創設された私学理科系教育施設の実態を東京府文書によってあきらかにしようと試みたものであるが、法文系のばあいと、そのとりあげ方に、多少のちがいがある。

「東京の大学」では、現在、大学とよばれているものだけに限ったが、理科系教育施設については同じようにあつかえなかった。法文系専門教育施設の多くが、現在までつづいて大学となっているのに反し、理科系の施設には、大きな成果をあげながら、途中廃校の憂き目にあったものがあるからである。農業教育における学農杜、医学、薬学教育における済生学舎の存在は、明治初期の理科系専門教育にふれるばあい、おとすことができない。現存してはいないけれど、とりあげたゆえんである。

理科系の施設としてあつかった範囲については、「はじめに」のなかで説明しておいた。本稿の編さんは、「東京の大学」にひきつづき手塚竜麿が担当した。

昭和三十七年十二月
都政史料館


※本書に引用した史料には個人の履歴が多く見られますが、学術研究上等、本書の利用に際しては、人権擁護面に十分留意くださるようお願いいたします。平成四年二月 東京都公文書館

東京の理科系大学 目次

はじめに(1)
理科系という言葉の範囲(1)
東京府統計書にみられる理科系の諸学校(3)

医学・薬学を中心としたもの(8)
西洋医学の渡来と医学教育(8)、薬学教育と日本薬局方(10)
歯科医学の創業(12)、医制の施行と医学教育(13)
明治七年以後の私営医学教育施設(16)
明治十七年中・同十八年中教育沿革史編纂書類にみられるもの(19)
慶応義塾医学所(慶応義塾大学医学部)(22)
明治六年の開学願書(22)、その廃校届(24)
済生学舎(25)
明治八年の開学願書(26)、甲第五十号布達による届出書類(28)
薬学部増設の願出(39)、文部省令第五号による報告(46)
成区会講習所(東京慈恵会医科大学)(74)
成区会とその講習所(74)、東京慈恵医院医学校の成立(81)
東京薬舗学校(東京薬科大学)(86)
明治十四年の開業上申(86)、明治十六年提出の校則(88)
甲第五十号布達によるもの、その他校名改称届(96)
学科と学期の改正願、その他の届出(98)、その後できた薬学校(102)
高山歯科医学院(東京歯科大学)(104)
それ以前にあつた歯科医学校(104)、高山歯科医学院の設立(106)

農学・水産学・畜産学を中心としたもの(123)
明治初期の農業政策(123)、駒場農学校と開拓使仮学校(124)
地方における農業教育(126)、水産教育(127)
学農祉(127)
学農社の開業願など(129)、甲第五十号布達による開申書(132)
獣医学校(日本獣医畜陸大学)(140)
明治十四年の開学願(140)、甲第五十号布達による開申書など(146)
学校移転の際の届出(153)
水産伝習所(東京水産大学)(156)
その創立以前の水産教育施設(156)
水産伝習所教則更正についての認可願(165)
麻布獣医学校(麻布獣医科大学)(172)
その母胎となったもの(172)、麻布獣医学校の成立(173)
その後の届出(179)
東京農学校(東京農業大学)(179)
東京農学校以前(179)、設立者変更願(180)、移転のときの届書(183)
東京農学校規則(184)

理化学・工業技術を中心としたもの(188)
明治初年の工業技術政策(188)、工部大学校と東京職工学校(188)
地方における理工系教育施設(191)、東京の私学の場合(192)
攻玉塾(攻玉杜短期大学)(193)
明治六年の開学願書(193)、分校の設置(航海術測量習練所―商船黌)(203)
教育沿革史編纂書類のなかにみられる史料(208)
近藤真琴の後継者近藤基樹(212)、文部省訓令第五号による認定願書(213)
おもな卒業生(221)
三菱商船学校(東京商船大学)(221)
私学開業願(221)
物理学校(東京理科大学)(225)
東京物理学講習所の開学(225)、その規則書(226)
校名の改称と再移転の届(232)、規則改正願(234)
東京専門学校理学科(早稲田大学理工学部)(237)
理学科の新設(237)、土木工学科への変更(241)
大隈英麿の履歴書(246)、理工科の再出発(247)
工手学校(工学院大学)(248)
明治二十年の開学願(249)、その後の届け出のおもなもの(259)

むすび(261)
東京の理科系大学創業年表(264)
明治二年―明治二十四年
人名索引(巻末)
巻頭写真
明治初期の理学書・農学書・工学書