都史紀要19 東京の初等教育

はしがき

本稿は、学制公布以後における東京の初等教育の実態を、おもに私立小学校とよばれたものの開業届その他の公文書を通してあきらかにしたものである。初等教育のばわいは施設数が多く、すべてを網羅することができずやむをえず、抽出方式によらねばならなかった。そのためもれたものもあるであろう。いままでとちがっている点は、旧十五区だけにかぎらず、郡部をもくわえ、地域的均衡を考慮にいれ抽出したことである。ただ、明治十九年の小学校令公布までを下限としたので三多摩地域はのぞかれている。

この地域の東京府移管後は関連史料も東京府文書に収録されているので、小学校令施行後の実態を探る際には、当然くわわるはずである。

小学校令の公布施行は、わが国の初等教育発達のうえから新時代をひらく契機となったが、同時に東京をふくむ全国の私立小学校に対する国家統制が一層強化されていく転機ともなった。それにもかかわらず、公立小学校の画一性にあきたらず、個性ある私立小学校を創業しようという動きはあとをたたなかった。それらについては、つぎの機会にふれたい。

本稿の編纂と執筆はすべて手塚竜麿が担当した。

昭和四十五年二月
東京都公文書館

※本書に引用した史料には個人の履歴が多く見られますが、学術上等、本書の利用に際しては、人権擁護面に十分留意くださるようお願いいたします。平成四年三月 東京都公文書館

東京の初等教育 目次

はじめに(1)
近代初等教育のあけぼの(1)、学制公布以前の初等教育(2)
学制における小学校(5)、小学教則にみられる使用教科書(7)
学制の廃止と教育令の制定(8)、公立小学校と私立小学校(9)
私立小学校の評価(11)、私立小学校としてのあつかいかた(15)
小学校教員の養成機関(16)

学制公布から第五十号布達制定までに創立された私立小学校(20)
明治七年私立小学校設立願(20)、第一中学区(21)、第二中学区(31)
第三中学区(36)、第四中学区(38)、第五中学区(43)、第六中学区(46)
明治八年私立学校願留(49)、明治九年私立小学校設立願(57)
明治十年の「府下私学明細表」(63)、明治十一年私立小学校書類(64)

第五十号布達以後に創立された私立小学校(73)
立教小学校(73)、頒栄小学校(76)、青海学校のその後(82)、知本小学校(88)
慶応義塾附属小学校(97)、聖保禄小学校(107)、天海小学校(113)

履歴書にみる私立小学校の設立者と教師たち(120)
三浦よし(120)、相馬朔之助(123)、木村栄三(123)、本島松蔵(124)
松浦トヨ(125)、松田方義(126)、門井司直(127)、指田広政(129)
荻野ギン(130)、水野かね(132)、市川義烈(133)、大森垣(134)
木村経作(135)、浅黄直吉(137)、小島安太郎(138)、藤井里ん(139)
山出半次郎(140)

統計表にみる私立小学校(143)
明治十五年の東京府管内私立小学校(143)、創立年代別(143)
校舎の建築様式(144)、全学期年数(145)、公立小学校の教員と生徒(146)
私立小学校の教員と生徒(148)、出身師範別にみた公私立小学校教員(149)

第五十号様式報告にみる私立小学校の規模(152)
布達五十号様式の制定(152)、設置科(154)、生徒定員(154)、教員数(155)
授業料(155)、敷地・建物(155)、経費収支概算(156)、教科機械(156)
初期の小学校で使用した教科書の実際例(162)
祥麟学校(162)、新倉学校(163)、岸田小学分校(163)
基督教会共立牧燕小学第二分校(164)

むすび(167)
人名索引(巻末)
巻頭写真
1 明治十五年学事年報
2 小学教則
3 青海学校開申書
4 慶応義塾附属小学校開業届
5 東京府地誌略

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