東京都公文書館 - Tokyo Metropolitan Archives
近世の巨大都市江戸に関する研究は明治期以来相当の蓄積を有しているが、とりわけ一九七〇年代以降、実証的な歴史研究が多面的な検討を深めてきた。とくに近年、都市民衆世界に生きた人々の生活と、かれらが取り結んだ社会関係が具体的に描き出されつつある。
しかし、そこにはまだ残された多くの課題も山積している。本書で取り上げる葬式や墓といった問題も、従来ほとんど歴史学研究の対象に据えられてこなかった領域のひとつである。もとより、葬送墓制研究は民俗学・仏教民俗学の主要なテーマの一つであり、人類学・民族学・宗教学といった学問も加わって学際的な議論がなされている。
しかし、歴史学がこれを対象に据え、とりわけ都市の墓制に検討を加えたのはごく最近のことであり、都市部における埋蔵文化財発掘調査の結果、中世都市・近世都市の墓制が「発見」されたことを契機としていた。
従来の民俗学などの成果は一般に、農村部の比較的永続した家の記憶にもとづいて構成されてきたといえる。そうして作られた墓制イメージは、しかし新たに発見された都市の墓制との間に大きな齟齬をきたすこととなった。こうして、都市の墓の特質を把握し、その成立と展開の歴史的要因を探る研究が開始された。
本書はこのような新しい問題関心にもとづいて、都市江戸の墓制に光を当てようとする試みに他ならない。同じような視角から葬儀のあり方についても検討を加え、巨大都市江戸に特有な人と人との関係が生み出す、葬送儀礼の特質にも言及していく。
右のような検討の成果が、都市江戸の歴史的研究に新たな具体像を加え、また今日、墓や葬儀について真剣な模索を続けている方々に、なにがしかの手がかりを提供することができれば幸いである。
なお、本書の調査・執筆は西木浩一が担当した。