史料解説~生類憐み政策と都市江戸

江戸の町触

今回テキストとして使用したのは、東京都公文書館が所蔵している二種類の町触集です。

一般に江戸町方に出された法令を町触(まちぶれ)と呼んでいますが、発令した幕府・町奉行側では町触を網羅した法令集のようなものはついに作成されませんでした。また、通常町触は町奉行→町年寄→町名主レベルという経路で伝達されていったことから、町年寄の下には網羅的な記録が累積したものと考えられますが、残念ながら町年寄家の文書は東京には残っていません。つまり、江戸の町触を通覧する史料は存在していないのです。

しかし、江戸町方に出された法令は都市江戸を研究する際に最も基本的な史料となります。このため、町方住民に直接町触を伝達する立場にあった町名主等によって、記録類を寄せ集めたり、抜粋して分類したりといった努力が続けられていました。

ここに取り上げた「撰要永久録」及び「(上野東照宮旧蔵)町触」は、いずれもそうした営みの成果であり、今日、江戸町触の全体像を探っていく上で欠かすことのできない貴重な文書群です。

撰要永久録

南伝馬町名主で、御伝馬役として幕府御用に関わる人馬の調達業務にも当たった高野家の所蔵史料から、重要な内容のものを集めたダイジェスト版です。高野家十代直孝により進められ、その子十一代直寛の代に完成された、貴重な歴史的・文化的事業の成果といえるでしょう。

編さんを始めた直孝によれば、文化年間のある日のこと、彼はある書物の中に高野家の古事が記されているのを発見します。ところが自分の家のことでありながら、聞いたことも伝えられたこともない内容だったのです。そこで直孝は家に保管されていた「明暦以来の記録数千冊」を文庫で繰り返し見直した結果、件(くだん)の書物の記述が裏付けられました。しかし、史料全体では大部に及ぶため検索がこの上なく不便でした。こうして膨大な史料群を整理し、重要な記録を選別・集成する事業が開始されました。

以上のような事情で編集されたのが撰要永久録で、現存しているのは次のとおりです。

○御触事
江戸町方に出された町触・御触・申渡等を編年体に集成した記録(七十九巻)
収録されている年代の範囲は正保五年(1648)から文久二年(1864)の217年間にわたり、現存する町触集の中では最長のものです。
○御用留
御伝馬御用に関わる記録(二十六巻・付録一冊)
○公用留
町政一般に関わる記録(五十九巻・付録一冊)

(上野東照宮旧蔵)町触

正保五年(1648)から宝暦十四年(1764)に至る触書を収録した全六十五冊の史料群。

撰要永久録がその成立事情から、基本的な触書を選択的に収載していたのに対して、この「町触」には他に見られない詳細な記事が多く収められています。たとえば冬の風の強い日には、一日のうちに何度も繰り返して「火の用心」の触れが伝えられましたが、それらを丹念に拾っていたり、また幕府が行う普請の際の入札触が逐一書き留められていたりします。

これらは撰要永久録のように後で編集した町触集であれば、実用性という点から判断して収録しないはずです。そうした記録が収録されているところからみると、この「町触」は触れ出されたさまざまなレベルの内容を取捨選択せずにそのまま書き留めたものとして当時の状況を色濃く残している史料といえます。

この史料は一九九四年に刊行を開始した『江戸町触集成』に採録されるまで、ほとんど利用されていませんでしたが、今後の利用によって新たな発見が期待できる史料群ということができるでしょう。