江戸・東京寺院探訪~東京のお寺を調べる~旦那寺への道

曾祖父の旦那寺が麻布にあった日蓮宗の○○寺であったと聞いたのですが、現在そのようなお寺はないといわれました。このお寺についてなんとか調べたいのですが、何か手がかりはないでしょうか。

当館所蔵の寺院沿革史料

巨大都市江戸の空間は、およそ7割近くを武家地が占め、残りの3割を町人地と寺社地がほぼ同じ面積で分け合っていたとされています。また明治5年の調査時、東京府下の寺院は2,486カ寺。寺院数・面積共に都市の重要な要素といえるでしょう。

しかし、江戸・東京の寺院について調べようとする時、まずどこから手をつければよいかということは自明ではありません。現在の寺院をリスト化した寺院名鑑はありますが、ご先祖の旦那寺を調べたいという場合、名鑑だけでは歴史的な情報としては不十分ですし、廃寺となったり、移転した寺院が多い江戸・東京の場合、もはや求める寺院名に辿りつけない可能性が少なくありません。また震災や戦災のため史料が散佚した上、一時、住職のいない時期を経験している寺院すら例外的ではないため、運良くお寺を探し出し、現在のご住職に話を伺えたからといって、大正・明治、まして江戸時代のことまでわかるとは限らないのです。

そこでお薦めしたいのが、当館所蔵の江戸後期から明治10年に至る3つの基礎史料の活用です。『御府内備考続編』『明治五年寺院明細帳』『明治十年寺院明細簿』、この3種の史料は、各寺の歴史的沿革や檀家数、境内や建造物、本尊をはじめとする什器などを書き上げたもので、調べたい寺院についての歴史的情報はほぼこれらによって得ることができるはずです。

『御府内備考続編』-江戸のお寺調べの決定版

寺院の入り口付近に、教育委員会などが史跡案内のような簡単な掲示をしていることがよくあります。江戸市中に所在していた寺院の場合、その「タネ本」となっているのが、この『御府内備考続編』に他なりません。

御府内備考続編

江戸幕府は、文政年間に江戸市中の官撰地誌『新編御府内風土記』の編さんを行いましたが、そのもとになった調査史料がこの『御府内備考』です。正編の方は町々の記録、続編が寺社の記録でした。この後、明治5年に『新編御府内風土記』の稿本は焼失したため、今ではその編さんのための調査史料、つまり素材であった『御府内備考』正・続のみが残り、貴重な史料となっているのです。山号・院号・寺名、起立年代、開基法名、境内地面積、門前町屋の有無、本尊・脇士・仏像の名称と由緒などを記す本書は、都市江戸の寺院についての第一級の基礎史料と言うことができるでしょう。

『明治五年寺院明細帳』-幕末維新期の僧侶のライフサイクルも判明

明治五年寺院明細帳

明治5年6月、教部省は諸宗寺院の「開創の年歴、僧尼の履歴・員数」などを雛形にしたがって作成し、各府県ごとに取りまとめて提出するよう通達を出しました。これを受けて作成されたのがこの史料です。寺院の沿革については『御府内備考続編』の内容を超えるものではありませんが、特筆されるのは住職や隠居、弟子の僧侶らの履歴が付されていることです。幕末維新期の僧侶の経歴が、すべての寺院について判明するのです。

今日では、お寺のご住職の跡を息子さんが継ぐということが当然のように思われますが、一部の宗派を除いて妻帯しないことが原則であった江戸時代においては、多くの僧侶は百姓や武家身分の次男・三男などによって占められていました。だいたい10代前半で得度し、宗派内の寺院をいくつか異動しながら学問を積んで「出世」していき、住職に昇進することが確かめられます。出身地や異動する寺院は必ずしも江戸やその近隣とは限らず、かなり広範囲にわたっている事例が少なくありません。

『明治十年寺院明細簿』-お寺の持ち物リストに境内図付き

明治十年寺院明細簿

明治10年5月、東京府は明治5年明細帳以後の変化が少なくないため、再び雛形にならって明細簿を作成するように命じました。この間わずか5年とはいえ、寺院を取り巻く環境も激動の時代、寺院の移転や廃寺も少なくはなかったのです。明治5年の調査と比較すると、境内地その他所有地の項目が詳しくなり、寺院の什器類も事細かに書き上げられています。ここでいう寺の什器としては、本尊その他の仏像・画像、燈台・花瓶・供物具その他の仏具、教典、位牌、過去帳、幕、天蓋などのほか、檀家に出す食器類、鍋・釜まで書き上げられているケースも見られます。さらに興味深いのは境内の絵図が添えられていることで、その描き方には精粗の差がありますが、本堂・庫裏・墓地その他の配置のほか、植えられている樹木の種類まで、「樫・榎・松・杉」などと図示されている寺もあり、これまた貴重な情報を提供しています。

寺院沿革史料の検索

以上、ごくかいつまんで、当館所蔵寺院関係史料の紹介をしてきましたが、調べようとする寺院の基本的データがほぼここに尽くされていることがおわかりいただけたことと思います。しかし三種の史料ともきわめて大部なものであるため、従来は史料をめくり、調べようとする寺院を探し出すのに大変な労力を要していました。そこで平成12年度、これらの史料についてデータベースを作成し、寺院名がわかれば上記の三種の史料のどこに収載されているか、マイクロフィルムのコマ番号まで即座に検索可能となりました。これによって閲覧窓口での検索はもちろん、電話でのレファレンス対応も大幅に効率化されています。

当館所蔵の寺院関係史料がより多くの方々に利用され、個人の調査・研究はもちろん、これまで研究の不十分だった江戸・東京の寺院史研究の進展に寄与することを願ってやみません。

【参考文献】