東京都公報の歴史~町触から公報まで

東京都公報は、いつ頃から発行されているのですか。その歴史を教えてください。

東京都の条例や規則は、東京都公報に登載することでこれを公布したものとみなします。国の法令を官報に登載することで公布したとみなすのと同じですね。

このように、法令や条例・規則を公布する方式を定めた約束事を公布式或いは公告式といいます。

国の法令や地方公共団体の条例・規則を、迅速かつ正確に一般に周知することは、法治国家における行政の基本ともいえ、これなしには、行政への信頼は根底から揺らぐことになります。

そこで、地方自治法は、各地方公共団体に公告式を条例で定めるように義務づけています(地方自治法第16条の3)。

東京都の場合、「東京都公告式条例」によって、条例や規則の公布や、規程で公表を要するものについて東京都公報へ登載することを定めています。

では、区市町村はどうでしょうか。都内区市町村の例規集を調べてみると、ほとんどの場合があらかじめ指定された掲示場(役所の門前に設けられたものが多い)へ条例・規則を掲示することで公告式としています。

法令を周知する方法として、掲示場に掲示するというやり方は随分古い時代から行われていました。高札場といって、ここには人々が知っておくべき重要な法令が掲げられていました。また一方で、法令を書面や口頭で、町(村)から町(村)へ順送りに回して周知していく回達、順達という方式もとられていました。たとえば、江戸時代、江戸の町方(まちかた)に出された法令、すなわち町触(まちぶれ)は、町奉行から町年寄、町年寄から町名主を通じて町々へ伝達されていきました。

官報や公報へ登載することで公布式とする方式は、印刷技術や通信手段が飛躍的に発達した近代の産物といえるでしょう。

東京都における公告式の歴史を、その前史である明治までさかのぼって概観すると、およそ以下のような過程をたどったことがわかります。このなかから東京都公報の前身である警視庁東京府公報や東京市公報が生まれ、今日へとつながって来ています。

では、上記の流れにそって、公報誕生の過程をもう少し詳しく見ていくことにしましょう。

なお、これ以後の文章の中に、公布式と公告式という用語が頻繁に登場してきますが、大体以下のような基準で使い分けを行っていますので、予めご了承ください。